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【こころの薬 番外編】 粗にして 野だが 卑ではない

「粗にして野だが卑ではない」

石田禮介が国鉄総裁に就任した後、国会での初登院でこう言ったという。

201603 石田禮介 13㎝

「生来、粗にして野だが卑ではないつもりだ。
丁寧な言葉を使おうと思っても、生まれつきで、できない。
無理に使うと、猿がカミシモを着たような、おかしなことになる。
無礼なことがあれば、よろしくお願いしたい。」

そう前置きしておいて、
「国鉄が今日の様な状態になったのは、諸君(国会議員)たちにも責任がある」
と痛烈かつ率直に糺した。

戦前の三井物産で辣腕を振るった石田は、戦後公職追放で浪人していたが、
1956年、日本国有鉄道監査委員長として実業界に復帰。1963年に第5代国鉄総裁に就任。
財界出身の国鉄総裁は異例の存在であった。

後に、城山三郎が「粗にして野だが卑ではない」という題名で、石田の伝記を書いており、
私は、この伝記で初めてこの言葉を知ったのだが、
外面(そとづら)が立派でも、心が卑しい存在にはなりたくない、と思ったものだ。


最近、あることで、この言葉を思い出した。

ちょっと前、
高市早苗総務相の「電波停止」発言に大抗議、
田原総一朗、岸井成格、田原総一朗、鳥越俊太郎ら
ジャーナリスト有志の記者会見がありました。

例によってマスコミがこぞって大きく取り上げたので、
ご記憶の方も多いと思います。


2016 バカ評論家 20㎝ n-KISHII-large570

「高市さんに恥ずかしい思いをさせなければ」と田原総一朗氏。
TBS「NEWS23」アンカーを務める岸井成格氏の発言への批判について、
「低俗」「品性のかけらもない」と語気を強めて本人が切り捨てる場面もあった。

みなさん深刻な表情…

マスコミも追随して、これを大げさに取り上げていたが、
「どの面さげて、ご立派なことで」と、とても不快だった。

なぜなら、
これらの評論家が入れあげていた

民主党政権の過去の発言に対して
彼らは、「言論の危機」と
共同記者会見を開いただろうか。


たとえば、
2010年、菅内閣の平岡秀夫総務副大臣は参院総務委の答弁で、
放送法の停止命令適用の可能性に触れている。
高市発言とまったく変わらない。
平岡副大臣の答弁に「とんでもない言論弾圧」の抗議の声を一度でもあげただろうか?

2013年には鉢呂吉雄経済産業相の辞任に関する報道について
輿石東幹事長が、民放関係者を聴取し
党代議士会で「マスコミ対応を含め情報管理に徹底していきたい」と宣言した。
これに対して、言論統制だと、今と同じように騒いだのだろうか?

同年、民主党の松本龍復興相は村井嘉浩宮城県知事との面会時のやり取りについて
「書いた社は終わりだ」とオフレコでマスコミを恫喝。
その場にいた記者は、冗談だからと笑って聞き流したそう。

しかし、これがもし自民党の大臣だったら、
「たとえオフレコでも問題発言」と大騒ぎしただろう。

もっとも松本大臣は、やり取りの映像が流れて、
あまりにも傲慢な態度に批判が集中し辞任、
「粗にして野だが卑ではない」との言葉を残したというが、もはやブラックジョーク。

菅直人首相は就任記者会見で
「ややもすれば取材を受けることによって政権が行き詰まる」と取材忌避
副総理時代も「議会制民主主義というのは期限を切った
あるレベルの独裁を認めることだ」と発言。
もちろん彼らご立派な評論家はスルー。 ところが安倍政権では「独裁化が進む」と批判。

民主党政権のときはスルー、
自民党政権になると、鬼の首でもとったかのように、
シカメ面をそろえて抗議の共同記者会見。
笑うしかない醜態。

見事なご都合主義、ダブルスタンダード…

これって「粗でも野でもないが、卑である」
というのがふさわしいのではないか?

高市さんに恥ずかしい思いをさせるというが、
ブーラメンのようにご自分たちに。

もっとも、この先生方、恥ずかしいとは思いもしないのだろうなあ。



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