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【こころの薬71】 ガン宣告と天風哲学

前立線癌治療後の3か月検診のはやくも2回目。
腫瘍マーカーの数値も、前回の1.5から1.3と、低いまま安定していて、
「きわめて順調です、心配いりませんね」という結果に。

昨年暮れに受けた生体検査の結果、
今年の1月はじめ、、「やはり癌細胞が出ましたね」
担当医の吉岡邦彦教授に言われたときを思い出します。

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(ちなみに吉岡先生は、日本の前立腺癌ロボット手術の最高権威)

「あれ、そうですか」。自分でも驚くほどの平常心でした。
まあ、ごく初期の癌、とくに前立線癌は進行が遅いと聞いていたこともあるのでしょう。

吉岡教授
「初期なので、手術して前立腺を摘出するか、放射線で退治するか。どちらも同じ成功確率」
とおっしゃるので、
ドラムスコ
「ロボット手術の権威の前で失礼ですが、同じ確率なら、痛くないほうで」と。
お互い笑いながら、治療方法を決めたのでした。

ところが後日、放射線治療の順番待ちの間、同病のお仲間と雑談していると、
みなさん癌宣告をされたとき、
「目の前が一瞬真っ暗になった」、
「なんで俺が癌にと考えて夜もおちおち眠らなかった」
と…

私といえば、癌宣告されても、ショックまるでなし。
その日の食欲も衰え知らず、晩飯をおいしくいただいて、熟睡。

こう書けば、「なんと豪胆な」と思われるかもしれません。
とんでもない、私は自他とも認める、まぎれもない小心者

そんな私が、ガン宣告を受けて平然としていられたのも、
ひとえに「天風先生」のおかげです。

中村天風

このブログ「こころの薬」シリーズで、過去に何回にもわたって、
天風哲学のすばらしさをご紹介してきましたが、
私淑して40年以上、「楽しく生きるにはこれしかない」と、天風哲学を実践してきました。

おかげで、苦しいことや悲しいこと10%、楽しいことや嬉しいこと90%の毎日。
とはいえ、もし癌宣告を受けたら、とたんにガクっとなって、
世の中の一切の楽しさが雲散霧消するのでは、と思ったこともありましたが。

小心者が、癌宣告にまったくの平常心で対応できたことで、
天風哲学が少しは身についてきたと、うれしく実感できました。

ひょっとしたら、この10数年で一番うれしかったことかもしれません。
「天風哲学は、幸福な人生の源」を、自ら証明できたのですから。

ということで、長くなりますが、
天風哲学の一端を、改めてご紹介しましょう。

「たった一度きりの自分の人生、
もっともっと楽しまないともったいないぜ」


幸福に明るく生きるか、不幸を嘆いて暗く生きるか?
貧乏を悲しみ憤るか、豊かに心地よく毎日を過ごすか?
健康に生きるか、いつも病気がちで不健康を嘆き悲しむか?

現在の自分の状況は、
すべて自分のこころが創り出したもの。
「目に触れる一切合切は人間のこころの思考がつくり出している
つまり、
「蒔いたとおりに花が咲く」
幸福も不幸も、富裕も貧乏も、健康も病気も
すべてその人の心が創り出していると。

つまり
人生は、その人のこころの思い描くとおりになる。

これって、もの凄く怖いと思いませんか?

もし
「世の中ろくなことしかない」
「自分は割を食っている」
「俺はカネに縁がない」と、いつも思っている人は、
思っているとおりに
不幸になったり、割を食ったり、貧乏になるのだから。

知ってるよう!それってプラス思考のことでしょう!
アメリカのマーフィやナポレオンヒルなど功利主義的な発想が輸入されて、一時流行りました。
しかし…天風先生は明治の人です。
すでに100年前から独自の「天風哲学」を説いていました。
いわば、プラス思考の世界的な元祖
(もっとも、同時期に「幸福論」を著したフランスの哲学者アランも忘れてはいけませんが)

天風先生の凄いところは、考え方だけではなくて
幸福になる具体的な方法を、
ドライな欧米人と違い、超ウエットな日本人に分かりやすく説いてくれたこと。

「蒔いたとおりに、花が咲く」

人生の花を、望みどおりに盛大に咲かせる。
たった一度きりのわが人生、きれいな花を咲かせたいものです。

あぜ道のタンポポ、豪華なバラ、可憐に咲いて散る桜、あるいは四季折々の花々…
それぞれがこころに思い浮かぶ花を、望みどおりにきれいに咲かせる、
だれでもそう願いながら、花が咲くどころか雑草が生い茂ったままというのでは…

「人生は、自分のこころが描いたとおりになる」
とすれば、人生の「華」をきれいに、望みどおりに咲かせるには、
そのようになるように、
まずは「幸せの種」を蒔かなければなりません。

天風先生は、こうもいっています。
こころに犬小屋みたいな設計を描いて
広壮な邸宅などできるはずがない



そこで先ずは、自分のこころの中にいつの間にか棲み着いてしまっている、
毒素=美しくないもの、楽しくないもの、腹の立つこと、悲しいものを追い出すことです。

この頃、若い女性も「デトックス」に関心があるそうです。
時間とカネを惜しまずに、体内にある毒素を排出して、よりよき健康と美を求める。
それはそれで結構ですが、しかし、それは体の細胞レベルのこと。
こころの中の毒素には、依然としてあまりにも無関心のようにも思います。

関心がないからデトックスするどころか、
毎日まいにち、こころに次から次に毒素を摂取し続けて気づかない。
たとえばマスコミは、毒素散布が大好きです。
殺人事件、汚職などの社会不正義からスキャンダルまで
朝から深夜まで、我々の暗部をひたすら発掘し、熱心に報道しつづけます。

毎日の職場の噂話、居酒屋談義、ご近所の立ち話のほとんども、他人の中傷ややっかみ…
そして、知らず知らず、自分のこころの中にさらなる毒素を溜め込んでしまう。

これでは、どんな花も美しく咲きようがありません。
もし咲いたとしても、こんなはずではと忌み嫌う毒草の花。
そうならないために、
天風先生は、
「今日一日、怒らず、怖れず、悲しまず」としました。
実際、実行しようとすると、短気な私はすぐカッなって反省しきりでしたが…
すると、先生はちゃんと助け舟も用意してくれていて、

「だめだなあ、また腹を立てた。おれは言われたとおりにできないとショゲかえる必要はないよ」
「それがこころの毒だと分かっているだけでも、分かってネエ奴よりずっとましだ」
「きのうまでなら、腹が立つから怒って何が悪いと思ったが、
いまのオレは、それはいけないと思っただけましだ。次は気をつけようと、考えるんだよ」
天風先生はどこまでも肯定的で、しかも実践的です。

また次のことを絶対に口にしない、耳にしないとしました。

「困った」「弱った」「情けない」「悲しい」「腹が立つ」「助けてくれ」…
これらの消極的なことばは、こころの毒素となるからです。

だから、「グチを言うのが好きな人、すぐに悲しがるヤツとは付き合うな」とか、
「悲恋小説など読むな」と極端なことも言っています。

こころの毒素をデトックスして、新たな毒素をこころに入れない。
そうすれば、だれの人生にも、
きれいでリッパな、また愛らしい花が咲くことになるというのです。


思えば思うほど楽しいことを
こころに描いて寝なさい


寝際のウトウトしている半覚醒のときに、心に描いたことは、潜在意識にしっかり入り込むそうです。
そこで、天風先生は、「寝際のこころがけ」として、
今日一日で起こった、腹の立つこと、悔しかったこと、悲しかったことを思い出すのを厳禁しました。

ややもすると我々は、「あいつ、あんな言い方することはないのに、思い出すほどに悔しい」と、
寝床に入って、今日おこった嫌なできことをアリアリと思い出し、いつまでも眠れないものです。

「忘れろといったって、忘れられるものか。思い出すたびに腹が立つ」とモンモンとなりがち。
恐ろしいことに、これがストレートに潜在意識にしっかり植えつけられ、
心がどんどん弱くなっていくというのです。

そこで、天風先生は、「思えば思うほど楽しいことを、心に思い浮かべて寝なさい」と。
「そんなこと言ったって、悔しい、腹が立つことが頭にいっぱいで」という方に、
先生は、
心の中で、楽しい気持ちと悲しい気持ちは同居しない
と言ってます。
無理やりにでも、楽しいことを心に思い浮かべると、怒りや悔しさや悲しさは、その間だけでも消えるのです。
慣れてくると、いつしか寝際に面白くないことを思い出さなくなります。

習いは性。
よいことを本性になるまでまねしなさい


私は、単純なので「何とかあやかりたい」思いで、その実践をこころがけて40年。
天風先生の言葉を信じて実践していくうちに、小心者もいつしかドラムスコ的能天気な性格に。
一度きりの自分の人生、そのほうが楽しいなあ。

教えとはほど遠くても、おかげさまでドラムスコな日常をおくっています。
「オイオイ、積極思考と能天気はちがうんだぜ!」
という天風先生の叱責が、ときどき聴こえていますがネ。

なお、さらに天風哲学をお知りになりたい方は、

このブログ「こころの薬」シリーズ前半
中村天風「成功の実現」日本経営合理化協会刊
をご参照ください。



ところで、いまエボラウイルスやデング熱ウイルスの脅威が叫ばれていますが、
天風先生は、ウイルスの脅威についても予言していました。
お時間のある方は追記を…

天風先生は医学についての造詣が深く、

怒ったり、悲しんだりすると、たちどころに血液が酸性化し色も変わることや、
体の抵抗力がなくなることを指摘し、ストレスが万病のもとだと説いていました。

さらには、警戒すべきは、ウイルスによる病気だとも指摘していました。
ウイルスは、これからも人類を悩ませつづけると。

エイズやエボラが出現するたびに、天風先生の予言を思い出します。
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Comments

Re: タイトルなし by ドラムスコ本間

そうそう、広岡さんも天風先生の門下生でしたね。

Comment#5255
  • 2014-09-05(Fri) 17:08:35
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