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【アモイPHOTO紀行3】 華僑のルーツを訪ねて

今回のアモイ旅行では、
2008年に世界遺産となった客家(ハイカ)の土楼まで足を伸ばしました。
20110604土楼DSC09993


ドラムスコの本職である出版プロデュースの、次のテーマは、
「中国との商売」

いろいろ関連情報を調べていて、
最近、「華僑」に対して「和僑」の存在を知りました。
中国との商売で活躍する「在香港の日本人ビジネスマン」が和僑と名乗っているとのこと。

それはともかく、華僑のルーツが「客家ハッカ」ということはご存知の方も多いはず。
(そういえば前国家主席の小平も客家がルーツ)

そもそも客家は、紀元300年のはるかむかし、中原から戦乱を逃れてきた漢族の末裔で、
敵から襲われないように山の中のまた奥地、遠く離れた異郷の地に住み着き、
地元から「客」扱いされ「客家」と呼ばれた優秀な家系。
(日本の、平家の落人村を思い出します。)


訪れたのは、アモイから車で約3時間、
20110604 永定 田舎DSC09892
茶畑がつづく山間の農村の一角にある「大地土楼群」。

中でも最大の「二宜楼にぎろう」、直径73.4m、4階建ての大円楼。
1740年ころ奨一族が建てたといいます。
20110604 土楼 外壁DSC09934

一階の外側は、外敵や獣の侵入を防ぐため窓もなく、石作りの壁も2.5mの厚さ。
二階以上は土壁で、土の家の意味から「土楼」と呼ばれています。


中に入ると、一族が団結して暮らせるように、各階48部屋設けられています。
1階は倉庫と炊事場、2階以上が住居、
いま1階は観光客相手のみやげ物屋さんになっています。
20110604土楼 土産屋DSC09946

土楼の造りは、
初期には、漢時代の宮殿を模した5つの屋根構造の「五鳳楼」↓が建てられ、
20110604 五鳳楼DSC00015

その後外壁の防御力を強化した四角の「方楼」↓、
20110604 方楼DSC00018
(↑方楼の内部)

そして後世に
強度と各部屋の日照や風通しを改善した「円楼」となったそうです。
「二宜楼」の近くには、五鳳楼も方楼も残っていて、さながら土楼見本市。
福建省南部にはこうした土楼が何箇所も残っていて、
それらをまとめて3年前に世界遺産に登録されたようです。

華僑の結束力は知られるところですが、
土楼の中庭に、自分の足で実際に立ってみると、
「こんなところから世界に出て行ったんだなあ」と、感慨新たでした。








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Comments

by タカベ

小平は、客家系の地主出身だそうです。
そのため共産党高級幹部の子息でつくる
太子党からは「商売人のゲスな人」と
軽んじられていると、中国の友人が言ってました。
まるで太子党はむかしの王族・貴族で、江戸時代の士農工商階級の治世みたいですね。


Comment#4291
  • 2011-06-20(Mon) 22:06:43
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