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【こころの薬 84 】 我欲コントロールの名言

きょうは、ドラムスコな生活を今日まで強く支えてくれた名言の第2弾。
高島陽先生という天才投資指南が私に語ってくれた言葉をご紹介します。


高島陽 8cm 20080309113508

人も良かれ 我も良かれ
人より我は ちょっと良かれ


この言葉は、
今は亡き高島先生が、ある料亭の女将から聞いた受け売りだそうですが、

「我欲コントロールの名言だね」と、

ニヤっとしながら教えてくれたときの表情を、今も鮮明に覚えています。

高島先生は、世の金持ちや株式投資家から「利殖の神様」と呼ばれた方ですが、
何億円ものお金を右から左に動かす人たちの欲にまみれた世界をまじかに、
ときには銀座のママに「この大損をどうしてくれる」とネクタイをひっつかまれ、
ときには第三国人から「夜道を歩くなよ」とすごまれながら、
先生の身にしみついた処世訓には、

綺麗ごとを吹っ飛ばすような底力
を感じます。


「ちょっと良かれ」

この「ちょっと」が、とりわけいいですよねえ。

天下の名僧の「捨欲」のすすめに、
あまりにも高すぎるハードルを感じても、
「ちょっと」ならいいんじゃないのと、気が楽になります。

さらには、「人も良かれ」が綺麗ごとでなくなります。

自分の欲をさらに膨らませたければ、「ちょっと」をオーバーしないように、
人の欲にも配慮する気持ちが生まれるような気がします。

「ほどほどに」ではない、「ちょっと良い」。
いい塩梅のユルサです。

詳しくは、このブログ#1180 2010年1月15日をご参照ください。





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【こころの薬83】 ドラムスコな生活を支えてくれる名言(その1)

私の人生観の大半は、中村天風先生に創っていただいたようなものですが、
ほかにも、「ドラムスコな生活」を元気づけてくれた人生訓のようなものがあります。

ご参考までに、今回からは月イチペースで、そのベスト3をご紹介していこうと思います。

まず今回は、私の座右の銘としている福沢諭吉のことば。

福沢諭吉GetPhoto


戯れ(たわむれ)去り
戯れ来たり
おのずから真あり


ちょっと禅問答的ですが、福翁百話の第5話にあることばです。

「人生すべて戯れ」を
これだけ「肯定的」に表現している名言

はありません。

諭吉は、こんなたとえ話で説明してくれます。

日本の住宅は、紙と木でできているから、
火がついたら、あっという間に灰燼に帰する。
そのことを当たり前だと、みんな知っていながら、
わが城、終の棲家と考えて、できれば豪勢な家を望む。
これも戯れのひとつ。

さて、家に火がついて燃えたとします。
このとき、誰でも、狼狽し、
すでに手遅れと知っても、必死にわが家の火を消そうとするでしょう。
これもまた「戯れ」。

燃えたらあっという間になくなると知っていたはずの家なのに、
それを知って小さな庵に棲む人は少なく、立派な構えの家をありがたがる。
そしてもしも、その家に火がつけば、
形のあるもの必ず消滅すると、静観できる人はまずいない、
自分の命を危険にさらしてでも、燃え盛る火を消そうとする。

たとえ「戯れ」と知っていても、「戯れる」。

諭吉は説きます。

豪勢な家を持ちたい、もはや手遅れの燃え盛る火を消したい
それはすべて「戯れ」だが、
それぞれの戯れに、人として生きる真実がある。

夢中で打ちこんでいたことが
「戯れ」にすぎなかったと知ったとき、
すでに別の「戯れ」に
気が行っている自分に気づく。


ここで、
ああ、なんと情けない、と気を落とす必要なんてまるでない。
戯れと知っていながら戯れるのと、
戯れとは思ってもみずに、戯れと気づかされるのとでは大違いなんだ。

そもそも広大な宇宙規模で考えれば、
何が戯れで、何が戯れでないのかなんて、わからない。

戯れと知りつつも、
それに明け暮れることにも、
人生の真実があるんだよ…



「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」
すべては「空」という生き方、
通俗にまみれたドラムスコにはキツすぎます。

「戯れ」と知りつつ、
その「戯れ」を
大事にして生きていきなさい。


ドラムスコな生活を送る私にとって、なんて元気の出ることばでしょうか!

言葉の順番もいいですねえ。
「来て、去る」順なら当たり前ですが、
「去ったのに、また来ている」… 奥が深い!
これぞ人生の極意!

真面目なインテリから、「曲解も甚だしい!」とお叱りを受けそうですが。



なお、「福翁百話」第5話については、このブログでもすでに2回取り上げているので、さらに興味のある方はこちらをご参照ください。
#1528 2011年3月30日  #2449 2014年8月27日



【こころの薬82】 中村天風哲学のキモとなる教え その2

私のご気楽人生の源となっている、
中村天風成功哲学

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いつも明るく元気で、幸せに過ごすための日常行動のありかたについて、
前回のこのブログで、
( 7月13日 http://drumscotom.blog29.fc2.com/blog-entry-3288.html )

【三勿 さんこつ】
【言葉づかい】

の2つの日常心得について述べましたが、
今回はそのつづき

【寝ぎわのこころがけ】
【目ざめ時のこころがけ】

について。


【寝ぎわのこころがけ】

知っているのと知らなかったのでは大違い!
私にとって、日常行動の中で、まず最初に実践しはじめ、
その後の効果てきめんだたった心得です。

毎日、寝床に入ったら寝付くまで
消極的なことは、心に一切持ち込まない


くだらないことを考えるくらいなら、
「今日一日、本当にありがとうございました。
本当にうれしく、ありがたく、これから休ませていただきます」
とつぶやけ、と。

ところがわれわれ凡人、寝ようと布団に入ってすぐ思い浮かぶことといえば、

「あの時、あの野郎、人を小馬鹿にした目つきで、
ちょっと慎重さが足りなかったのではなんて言いやがって。
ああく悔しい、何さまだ!思い出せば出すほど腹が立つ」
と、きょう一日の腹が立ったことを、わざわざ何度も反芻し、さらに悔しさを募らせる!

「みんなの前でのスピーチで上がっちゃって、予定の半分も言えなかった。
私はどんなに気の弱い性格なんだろう、情けない」とグズグズ、ウジウジ。

このように、寝床の中で、今日一日の行動を思い返し、
思い出せば出すほど、悲しい、腹が立つ、悔しい、情けないというような
消極的な自分のふるまいが気になって気になって…
寝るに寝られない
ということがあります。

逆に楽しかった、愉快だった、嬉しかったときは、
「ああ、嬉しかったなあ」と思い起こしながら、すぐに寝付いてグッスリ。
とはいえ、こんな明るい夜よりも、悔しくて、無念で…と寝付かれない夜が少なくない。


天風先生は、
寝際こそ、
こころのコントロールが大事
だとし、
消極的な感情を心に持ち込むことを厳禁しました。
「真綿にくるまれた生まれたての赤ん坊のような気持ちで寝るんだ」と。

「どうしても悔しい、悲しいという気持ちが出てきたら、
無理やりにでも楽しかったこと、嬉しかったことを思い浮かべるんだよ」
なぜなら
「心の中で、嬉しい気持ちと悲しい気持ちは同居しない」から。
悲しいことがあったら、過去のうれしかったことを思い浮かべて消してしまう。

「そんな都合よく?」と思われる方、
まず実践してみてください。
あら不思議、怒ったり悲しんでいるのがバカバカしくなりますよ。

さらに不思議なことに、
続けているといつの間にか、
寝際に、今日一日の不快なことや後悔することが一切頭に浮かばなくなります。
まさに「能天気」脳の完成!
 反省もないから、また同じ過ちを繰り返すことにもなるのですが…

もちろんこれも訓練。 
習うより慣れよといいますが、
誰でも、ひたすらつづけていくと
「気分転換の名人」になれます


そういうわけで、私は
「臥薪嘗胆 がしんしょうたん」という故事と正反対の生き方を選びます。

「この恨みを忘れないために、いばらの寝床で寝て、苦い熊のキモをなめ続ける」
強烈なマイナスエネルギーをため込んで、反発力に変える…
なんだか、お隣の国のハンの文化みたいですが。

これでは相手が味方に転じることはありません。相手を倒すまで、戦いがつづきます。
よしんば、相手を倒したとしても、後に残るものはなんでしょうか?

話がズレてしまいましたが、ハズレついでに、

天風先生、ある時の講話で、
「真綿にくるまれた生まれたての赤ん坊のようになって寝なさいと言ったら、
そのとおりにして、伯爵夫人になった人がいるよ。 いまそこにいる女性だ」
と紹介された人が、節子ドローラ伯爵夫人。
スイス在住だが、たまたま来日中に天風先生のお話を聴きにいらしてたそう。

バルチュスと節子ドローラ cf0920861

節子さんは、ご両親が天風先生のお弟子さんだったそうで、
幼いころから天風哲学を実践し、ポーランド貴族で20世紀最後の巨匠と謳われる画家バルチュスと結婚。
ヨーロッパ社交界で注目を集め、彼なきあと、いまもスイスの広大な山荘で暮らしている。

これも余談ですが、
私はバルチュス作品の大フアンで、日本で開かれるバルチュス展は欠かさず出かけ、
寡作で知られる彼だが、オリジナル版画を2点持っているほど。

あるとき、私の部下が節子さんの逸話を知って、スイスに住む節子夫人に手紙を出したら、
美しい字で丁寧なお返事を直接いただき、大感激していました。



【目ざめ時のこころがけ】

朝、起きるとすぐ、
鏡の前で一瞬でも笑顔になり
「今日一日、この絵顔を崩すまい」と自分に約束する。

ところが凡人は、
「あ~あ、きのう飲みすぎてひでえ顔だ」
「胃腸の調子が悪くて、お肌がアレアレだわ」で終わってしまう。

まずは作り笑いでも、笑顔になってみることです。
これが「三勿」の準備運動になる。

そして前夜の寝際に、
消極的になっていた自分を打ち消すために思い浮かべた
楽しいこと、積極的な気持ちを思い起こし、
「今日一日、怒らず怖れず悲しまず(三勿)だぞ!」
「今日一日、さらに積極的に明るく朗らかに過ごすぞ」と自分に約束する。

これを素直に、愚直に実践しつづける。
時間もおカネもいりません。

ジム通いして体を鍛え肉体改造、
エステ通いしてお顔のメンテ、
サプリ漬けで健康維持に時間とオカネを使っている方々…

肝心カナメの「こころのメンテ」をお忘れなく。

















【こころの薬80】 幸福な生き方を創り出す天風哲学

今日はちょっと長くなります。
スイマセン…



「人生あまりむずかしく考えなさんな」

「どうせ死んでしまうなら、
笑って暮らすのが得か、
泣いて暮らすのが得か」


「生きている刹那刹那を
ちょっとでも機嫌悪くしていたら 
もったいないぜ」


ほんとうにそうだよ!と思って、いつしか古希を超えました。

冒頭に紹介したことばは、
私の人生の師、中村天風先生のものです。

幸運にも、20代の後半で天風哲学を知り、
曲がりなりにも実践し続けて、はや半世紀ちかく!
いまのご気楽生活も、天風先生の教えのおかげと、感謝しきりです。

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ところで、
このブログを始めて、いつの間にか10年以上がたちます。
ノーテンキで勝手なことばかり書いてきたので、
読者はほとんどいません。

それにもかかわらず、性懲りもなく続いているのは、
かつて出版業界で甘い蜜を吸ってきたため、
何かを書きつづけることが、習い性になっているからでしょうか。

そして、
ごくたまに、ブログを読んでいただいているご奇特な方々から
理想的な老後生活だね」という声をいただきます。

「ドラム叩いて音楽三昧、美味しいものを食べ歩き、
気ままに海外に出かけ、趣味で粘土人形造りや陶芸を楽しむ…
うらやましい限りです」と。

恐縮ですが自分でもおどろきアキレル?ほど、
ノーテンキで愉しい「ドラムスコな生活」を送っています。

たまに印税が入ると、海外喰い歩きに出かけ…
下手くそなドラムでプロミュージシャンにご迷惑をかけても、
笑ってお付き合いいただき、
ほんとうにありがたい、ラッキーなことだと感謝してます。

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ところで、ドラムスコな生活振りから、
「お金持、結構なご身分で」とおっしゃる方がいらっしゃいます。

残念ながら、まったくの誤解です。

別に資産家に生まれたわけでも、宝くじに当たったわけでもありません。
過去、バブルの恩恵にあずかりつつも、普通のサラリーマン生活を送ってきました。

たしかに、現在もその日のその日の生活に追われることはありませんが、
贅沢三昧ができるご身分でも、決してありません。
定年退職者が身の丈にあった楽しみ方を、ひたすらつづけているだけです。

世の中には、有り余る資産を得、名声を博し、大きな影響力をもつ人物が
あまたいらっしゃいます。

また自己犠牲をいとわず、困っている人たちを支え続け、
それこそが自分の幸福な人生と毎日を過ごす方々もいらっしゃる。

自分の楽しみを追い求めるだけのわたしごときが
「理想的な老後生活」とはおこがましい限りです。

しかし、一介の定年退職者が、好きなことをして愉しく暮らしていることも事実。
これはひとえに、天風先生の教えのおかげです。

そこで、いくらかのご参考になればと思い、
天風哲学の一端を、何度かに分けて述べてみます。


中村天風

中村天風先生(1878年~1968年)は、日本人初のヨガ行者で、
人生をいかに幸福に生きるか
を説いた稀代の思想家です。

波乱の人生からつかんだ「心身統一法」を指導し、
東郷平八郎、ロックフェラー三世、松下幸之助、双葉山、松田権六(人間国宝)、尾崎行雄、
堀越二郎(ゼロ戦)、松本幸四郎 (7代目)、倉田主税、宇野千代、稲盛和夫、広岡達朗など、
当時の政財界から文芸、スポーツ界のそうそうたる人々に大きな影響を与えています。

私は26歳のころ、宇野千代の「天風先生座談」を読んで、
中村天風師の存在を初めて知って大きな衝撃を受けました。

天風先生は、その5~6年前に亡くなっていたのですが、
天風先生の書かれた本を求めて古本屋を歩き回り、
ようやく「新・人生の探求」に巡り合い、天風哲学の虜になりました。

そして、こんな素晴らしい哲学を過去の存在にしておいてはいけないと、
私がプロデュースして「成功の実現」という本にまとめ1988年に出版したところ、
その後関連本が80冊以上出され、世に「天風ブーム」が巻き起こるほどの反響となりました。
最近でも、プロ野球日本ハムの栗山監督や歌舞伎の市川海老蔵さんの座右の書として
マスコミでとりあげられたりしています。

その天風哲学の一魅力は、
第一に、わかりやすさ
二番目に、実践性、毎日の生活への取り入れやすさ
だと思います。


天風先生はいいます。

「そもそも人間というものは、
幸福に丈夫に生きる方が
やさしいようにできているんだ」


「世の中の不幸、不運、不健康は
すべて、人間のこころが創り出しているんだぜ」


とかくインテリは人生を難しく考え、苦しくてつらいものだと考えたがるが、
全くの間違いだよ。
宇宙の造物主は、人間を、本来幸せな一生をおくれるように創成しているんだ。
あらゆる不幸や不健康は、すべて自分のこころが創り出しているんだよ。

「蒔いたとおりに 花が咲く」

自分のこころの中で、
毎日のように、腹が立つ、悲しくてつらい、苦しいという悲観の種をまきつづけると、
いつしか自分の周りに腹が立って、悲しくて苦しい、不幸なことばかりが目立つようになる。

たとえヤセ我慢してでも、毎日楽しい、嬉しいという種を,、自分の心に蒔き続けると、
いつの間にか、自分の身の周りに幸福なことばかりが目立つようになる。

誰でも、できることなら不幸な一生よりは幸福な一生をおくりたい。
病気に苦しむより健康で明るく暮らしたい、と願っているはず。

ところが多くの人々は、
まったく不用意に、自分の心に
不幸の種や不健康の種を蒔き続け、
蒔いた通りの結果となって、
自分の人生の不運を嘆く
ことになる、
というのです。

逆に言えば、

いまどんなに恵まれない境遇にいようとも、
自分のこころの中に
幸せの種や、健康の種を
辛抱強く蒔き続けていけば、
誰でも必ず、幸運で健康な愉しい境遇になる


ということです。

そんなバカな!と思われたかたは、
時間の無駄になるので、ここでお終い。



次回は、「どうやって自分の心に楽しい嬉しい種をまき続けることができるのか」
天風先生が説く、毎日のこころの持ち様について述べていきたいと思います。


なお、天風哲学については、このブログの初めのほうでも詳しく取り上げておりますが、
そうれからずいぶん年月が経ちましたので、改めてご紹介するものです。














【こころの薬79】 新緑の強烈デトックス効果!

桜が散ったら、木々の若葉が茂り出して…

20170430 新緑 21cm DSC_0228


木々が一斉にすがすがしい緑を広げていく様子に、
薄汚れたドラムスコの心体もちょっとは洗れるような気分。
何よりも強烈なデトックス効果だね。

20170423 新緑の紅葉 21cm 00020003

紅葉も、いまは新緑の葉がさわやかなグリーン色。

20170423 柿の若葉  21㎝ 00030004

私は、この時期の柿の若葉が一番好き。
いかにも新鮮なつやつやした葉っぱがどんどん広がっていく。
見ているだけで、元気になる。

この時期も、すきだなあ。


【こころの薬78】 生はいとしき蜃気楼

九州地方の余震がまだつづき、
被災地の方々の不安な生活がつづいていますが…

あるコラムを読んでいて、
次の詩に、目がくぎづけとなった。


20160417 桜吹雪 21㎝5747


さくらふぶきの下を
ふららと歩けば
一瞬
名僧のごとくにわかるのです
死こそ常態
生はいとしき蜃気楼と




後で、原典を調べてみた。


「さくら」 
     
ことしも生きて
さくらを見ています
ひとは生涯に
何回ぐらいさくらをみるのかしら
ものごころつくのが十歳ぐらいなら
どんなに多くても七十回ぐらい
三十回 四十回のひともざら
なんという少なさだろう
もっともっと多く見るような気がするのは
祖先の視覚も
まぎれこみ重なりあい霞だつせいでしょう
あでやかとも妖しとも不気味とも
据えかねる花のいろ
さくらふぶきの下を
ふららと歩けば
一瞬
名僧のごとくにわかるのです
死こそ常態
生はいとしき蜃気楼と

茨木のり子 1992年作

i20160417 茨木のり子 12㎝ 3440



茨木 のり子は、『櫂 』を創刊し、戦後詩を牽引した日本を代表する女性詩人だそうで、
この感性、素晴らしいですねえ。

とくに 「生はいとしき蜃気楼
という肯定的な表現に、グッときました。

ドラムスコも、「愛しき」蜃気楼の中で、面白おかしく生きてきたんだなあ。

これまで桜吹雪を見るたびに、
女の一生を思い浮かべ…

つぼみは処女のごとく
満開の昼桜は淑女のごとく
満開の夜桜は熟女のごとく
はかなく散って乳母桜
散った後は毛虫が垂れ下がり、
誰も近づかぬ…

などとうそぶいていたドラムスコ
ああ、この感性の差は…

九州の被災地のみなさん、
現実は蜃気楼のようでも、
かえりみれば愛しいと思える日々になることを…








【こころの薬 番外編】 粗にして 野だが 卑ではない

「粗にして野だが卑ではない」

石田禮介が国鉄総裁に就任した後、国会での初登院でこう言ったという。

201603 石田禮介 13㎝

「生来、粗にして野だが卑ではないつもりだ。
丁寧な言葉を使おうと思っても、生まれつきで、できない。
無理に使うと、猿がカミシモを着たような、おかしなことになる。
無礼なことがあれば、よろしくお願いしたい。」

そう前置きしておいて、
「国鉄が今日の様な状態になったのは、諸君(国会議員)たちにも責任がある」
と痛烈かつ率直に糺した。

戦前の三井物産で辣腕を振るった石田は、戦後公職追放で浪人していたが、
1956年、日本国有鉄道監査委員長として実業界に復帰。1963年に第5代国鉄総裁に就任。
財界出身の国鉄総裁は異例の存在であった。

後に、城山三郎が「粗にして野だが卑ではない」という題名で、石田の伝記を書いており、
私は、この伝記で初めてこの言葉を知ったのだが、
外面(そとづら)が立派でも、心が卑しい存在にはなりたくない、と思ったものだ。


最近、あることで、この言葉を思い出した。

ちょっと前、
高市早苗総務相の「電波停止」発言に大抗議、
田原総一朗、岸井成格、田原総一朗、鳥越俊太郎ら
ジャーナリスト有志の記者会見がありました。

例によってマスコミがこぞって大きく取り上げたので、
ご記憶の方も多いと思います。


2016 バカ評論家 20㎝ n-KISHII-large570

「高市さんに恥ずかしい思いをさせなければ」と田原総一朗氏。
TBS「NEWS23」アンカーを務める岸井成格氏の発言への批判について、
「低俗」「品性のかけらもない」と語気を強めて本人が切り捨てる場面もあった。

みなさん深刻な表情…

マスコミも追随して、これを大げさに取り上げていたが、
「どの面さげて、ご立派なことで」と、とても不快だった。

なぜなら、
これらの評論家が入れあげていた

民主党政権の過去の発言に対して
彼らは、「言論の危機」と
共同記者会見を開いただろうか。


たとえば、
2010年、菅内閣の平岡秀夫総務副大臣は参院総務委の答弁で、
放送法の停止命令適用の可能性に触れている。
高市発言とまったく変わらない。
平岡副大臣の答弁に「とんでもない言論弾圧」の抗議の声を一度でもあげただろうか?

2013年には鉢呂吉雄経済産業相の辞任に関する報道について
輿石東幹事長が、民放関係者を聴取し
党代議士会で「マスコミ対応を含め情報管理に徹底していきたい」と宣言した。
これに対して、言論統制だと、今と同じように騒いだのだろうか?

同年、民主党の松本龍復興相は村井嘉浩宮城県知事との面会時のやり取りについて
「書いた社は終わりだ」とオフレコでマスコミを恫喝。
その場にいた記者は、冗談だからと笑って聞き流したそう。

しかし、これがもし自民党の大臣だったら、
「たとえオフレコでも問題発言」と大騒ぎしただろう。

もっとも松本大臣は、やり取りの映像が流れて、
あまりにも傲慢な態度に批判が集中し辞任、
「粗にして野だが卑ではない」との言葉を残したというが、もはやブラックジョーク。

菅直人首相は就任記者会見で
「ややもすれば取材を受けることによって政権が行き詰まる」と取材忌避
副総理時代も「議会制民主主義というのは期限を切った
あるレベルの独裁を認めることだ」と発言。
もちろん彼らご立派な評論家はスルー。 ところが安倍政権では「独裁化が進む」と批判。

民主党政権のときはスルー、
自民党政権になると、鬼の首でもとったかのように、
シカメ面をそろえて抗議の共同記者会見。
笑うしかない醜態。

見事なご都合主義、ダブルスタンダード…

これって「粗でも野でもないが、卑である」
というのがふさわしいのではないか?

高市さんに恥ずかしい思いをさせるというが、
ブーラメンのようにご自分たちに。

もっとも、この先生方、恥ずかしいとは思いもしないのだろうなあ。